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BLOG

長崎の己の如く人を愛した人  

2012.04.09

ブログ

昨日は長崎の主人の実家で用事を済ませ

中華街でちょいとお昼ナイフとフォーク

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その後、以前から

時間があればゆっくり見たいと思った

長崎市内にある永井博士記念館と如己堂へ走る人

永井 隆(ながい たかし、1908年明治41年)2月3日1951年昭和26年)5月1日)は医学博士。

長崎の鐘」、「この子を残して」の著書がある。

Nyokodou(如己堂・長崎市永井隆記念館)

(長崎市民は皆知っている方だと思うけど・・・)

 1945年8月9日長崎市に投下された原子爆弾で博士は市民とともに自らも被爆にあい、

妻を失うが、 以前より患っていた白血病と闘いながら被爆者への救護活動を続け

昭和21年7月に倒れ、寝たきりとなる。

しかし、幼な児2人と昭和23年から3年間この「如己堂」で、

死の直前まで原子病に関する医学的な研究と発表を続け、多くの著書を残す。

ヘレンケラーやローマ教皇の特使も見舞いに如己堂を訪れたそうです。



著書「この子を残して」は

 寂しくても、つらくても、やがて二人の幼子は強く生きていかねばならぬ… 

重症の床に臥す薄命の父が、残したのは「如己愛人」の一言。

そして「一生かかっても完成できないような大きな目標を持ちなさい」

さらに「最後の一人になっても戦争に反対しなさい」と書き残されています。

私も読みましたが、途中、途中

涙が止まりませんでした・・・・汗

如己堂  ~ 「己のごとく人を愛せよ」 聖書の言葉から名づけられた ~

病床にあった永井博士の為に

浦上の隣人たちが博士に贈った2畳1間の家
今も永井博士記念館の隣に現存しています。


本当に本当にひっそりとたたずんでいる家です

みなさんも一度行ってみてください

隣には小さな記念館が併設されています。

柄にもなく

自分の生まれてきた意味など考えてしまいました。

その後

今年最後の桜も見たいと思って

ダッシュで佐賀、嬉野近くの桜の名所へ

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夕方になってしまったけど

満開の桜

桜色って本当に綺麗やわ~~~桜

日本人に生まれてよかったぁ~~合格

美味しく料理を食べ

綺麗な花を見ることの出来る

私は

幸せですぅ~~~~!!

全ての人に感謝ベル